あの頃の思いを

皆さんこんにちは!

現在僕はタイに来ていて今年またタイのフットサルリーグにチャレンジするためにここ最近動いています。

目次

なぜ「あの頃」を思い出すのか

ここ数年はFC NAKAIの終了を機に引退をしてから関東リーグで復帰しプレーしていました。そのなかで勝ったり負けたりはし気持ちの一喜一憂は楽しめるもののどこかもう一つレベルUPだったり、レベル感、上の環境に踏み込めない歯痒さを感じる自分がそこにはいました。

FC NAKAIの終わりが燃え尽き症候群という言葉がピッタリかもしれないけど、その時は全く選手としてやるきにはなれず、あれだけのメンバーもいて全国大会に出場できなかった悔しさとか不甲斐なさ消化できない何かに蓋をとりあえずしたかっただけなのかもしれない。

この頃世間体などもあり初めて正社員で会社員としても仕事を始めた。パソコンを扱ったこともない社会人として何もわからない人間を快く自分を受け入れてくれた会社にはなんとか貢献したいの一心で当時は働いてた。

そんな中で田中優輝から電話が来て同じチームでもう一回プレーしない?って話だった

でもその時は1日に14時間ぐらいは働くのが当たり前の中で週一だとしても会社を抜け出してフットサルをしに行く決断をすることは容易じゃなかった。

それでも健康面だったりを考えた座りっぱなしで体を腐らせるよりもリフレッシュがてらにやることにきめ出るミリオーレクラウド群馬でプレーすることを決めた。

プレー復帰を果たした一年目なんと全日本フットサル選手権の本戦に出場できた。

FC NAKAIのように日々練習量も質も積み重ねてきていたわけでもないのちょうど一年前どうしても果たしたかった目標を簡単にクリアしてしまった。これが社会人フットサルの楽しみ方なのか。。。この時はそう思った。

ここからは一時デルミリオーレクラウドを退団し、また先シーズン戻ってプレーをした時にはだいぶ状況が変わっていた。

フィジカル面だったりプレーパフォーマンスはガッツリ落ちて練習をしなくても以前のようなクオリティが出るような体ではなくなっていた。

こうなると試合への出場機会も減るのはもちろんYOUTUBEなどに来るコメントなんかも厳しかった。

プロでもないのになんで俺はこんなことで葛藤する必要があんのかと思うこと多くなり

どうしたらこの感情を解消できるのか、ここで芽生えてくる感情それはまたプロレベルとしての選手復帰だった。

また最近は子供たちに指導するにあたって大人が率直に感じたものにトライする失敗していいし、成功につながればいいしそんな姿を見せたい自分がそれを体現したいと思う気持ちも強くなった。

FC NAKAIでプレーする前はタイリーグで3年ほどプレーしていてシーズン途中コロナ禍になり、VISA更新で他国に出ていたところタイには帰れなくなり僕のタイリーグでのプレーは強制終了になった。

だからこそあの時の中途半端になってしまっていた自分のタイでのストーリーを再開したいと思いまたここに帰ってきた。

最後までよんでいただきありがとうございました!

今後もタイでの様子自分の状況ブログに書いてくのでよろしくお願いします!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次